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第1話 反抗


「貴方がこの状況にいることは―……」

「どうせまた、必然だとかいうんだろ?」

「貴方が変えようとすれば、変えることはいくらでもできるんです」

「は?」

「ただこの状況を変えようとしていないだけ。だから―……」


彼女は言った。

「だから貴方はじめられているんです」

……と。


*
――……一ヶ月前



俺は、黒板に白いチョークで殴り書きした。

『鷹鹿 翔堵』

普通、この字を見たら、なんと読むのか聞いてくるもの。
少なくとも、今まではそうだった。
しかし、そんな声は教室のどこからも聞こえてこなかった。
ここにいる全員が、頭がいいか、もしくは俺に関心がないか。
なんにせよ、この教室の空気は張り詰めていて、なんだか居心地が悪かった。

たかしかしょうと。
俺の名前。

「よろしくお願いします」

軽く一礼だけし、俺は事前に言われていた席へ座る。

2年4組。
それが今日から俺が過ごす教室。
俺は受験済みで、高校生だ。
父の転勤で、何回も転校転入は経験している。
そのおかげで、友達のつくり方はわかっている。
周りの反応も分かっているつもりだ。

だから感じた、いつもと違う違和感。
転入生を珍しがる目線。
それが全く感じられなかった。
そして、誰も俺に話しかけようとしなかった。

だから俺は、近くに居た奴に話しかけた。

「あのさっ俺わかんないことばっかだから、色々教えてくれよなっ!」

気軽に、いつも通りに。

すると、そいつは一瞬だけ俺と目を合わし、すぐにそらした。

珍しいこともあるもんだ。
初めて話しかけて無視された。

だが俺は、あまり深くは考えなかった。
こういうことも、たまにはある。

俺は何も不安なんてなかった。

しかし、次も、その次も、誰に話しかけても、話すどころか、視線を合わそうともしなかった。

俺はだんだん嫌気がさしてきて、話しかけることを止めた。

「……ちっ」

俺は思わず舌打ちをした。
どうなってる、ここの学校は。
態度悪すぎだろ。
やってらんねー。バカバカしい。

俺は静かに席に座っていることにした。



全ての授業が終わり、終礼の準備をしていると、1人の男子生徒がやってきた。
初めて向こうからやってきたので、俺は淡い期待に胸を馳せた。

もしかしたら、こいつはいい奴かもしれない、と。
しかしそれはとんだ間違いだったと気づく。

奴は俺の椅子を蹴飛ばして、バカにしたように俺を見下した。

「何すんだよ」

俺は、精一杯の威厳を込めて、奴に言った。
しかし奴は、怖がるどころか、表情ひとつ変えずに、冷たい顔で俺を見続けた。
その態度に腹が立って、何が何でも、こいつにナメられないようにしようと思った。

言葉を発しようとしたが、それは奴の言葉に止められる。

「お前、目障り」

それが、この学校に来て、初めて言われた言葉だった。

俺はショックよりもさきに怒りに溢れた。
そして、言ってやった。

「なら見んじゃねーよ」

できる限り低いところから、声を響かせて、奴に言う。
しかし、奴はやはり冷たい表情で、何も言わないで席に戻っていった。

その態度がまた、イラついた。


*


―……ピッ ガランゴロンッ

自動販売機の中でライトアップされた、新発売の"りんご茶"のボタンを、乱暴に指で押す。
中から出てきたそれを取り出して、その冷たさを肌で感じる。

「つめてえ」

たんなる独り言だった。
しかしそれは、独り言でなくなった。

「新商品ですか?私もそれ、興味あったんですよ」

驚いて振り向くと、そこには見慣れた顔があった。

「―……またあんた」

半分呆れたように、俺はため息混じりに言った。
俺がいじめられるようになってから、毎日のように俺にかまって来る鬱陶しい女。

「私は"あんた"ではありません」

俺は、口を閉ざす。
彼女の名前を知らないわけではない。
知っている。嫌というほど頭にこびりついている。
だってこの学校で話すのは彼女だけだし、なんせ珍しい名前だったから。
名前は自然と頭から離れなくなった。

「俺はあんたを認めていない」

そうだ。もしかしたら奴の差し金かもしれない。
その疑いは、まだ俺の中に残っている。
こんなこと、なんの証拠もない、不確かな俺の勝手な推測に過ぎない。
でも、だけど、信じようとは思わなかった。
信じられない。こんな学校の奴ら。

俺はこのあいだ、彼女に思い切って理由を聞いた。
何故、俺の傍に寄ってくるのか。
彼女は必然だと言った。神様がどーのこーのって、言った。
それは、本音なのか、なんなのか、俺には分からなかった。

晴れようの無い疑い。
晴れようの無い、俺の心。


……こんな考えてもどうにもならないようなこと、考えるだけ無駄だ。
俺は、グイッとよく冷えたりんご茶を飲んだ。

「味、どうですか?」

彼女は、背が小さい。
だからか上目遣いになっている姿に、少しドキッとした。

「……普通の味」

率直な感想だった。
りんご茶というのは名ばかり。
実際はただのお茶の味。
りんごの香りがわずかにするだけ。

彼女は言った。

「りんごの香りがします。きっと果汁5%程が入っているのでしょう?」

それを聞いて、俺はペットボトルのラベルに目をやった。

果汁、5%。見事に正解。

―……彼女の勘は、すごいと思った。

「その顔は、当たりですね?」

彼女は小さくガッツポーズを作って喜んだ。
その姿が、彼女の姿が、毎日この目を通して見ていくうちに、俺の心を少し和らげているような気がした。

「私、絶対嗅覚かも!」

「そんな嗅覚いらねーつかないだろ」

「ええ?あるかもしれませんよ~」

俺はなんだか、彼女と話していると、楽しかった。
心地よかった。

そして、自然と彼女の瞳を見たとき、彼女もまた俺の瞳を見ていて……
―……きっと互いに姿を映しあっていたのだろう。


*


いつものように学校へ行くと、自分の机と椅子がなかった。

「あれ?まだいたんだー。てっきりもういなくなったかと思ってー!」

まともに話したことがないような、クラスのキャピキャピした女子に言われた。
奴がいじめの中心で、だからきっとクラスの奴らはいじめられたくなくて、合わせているだけだと思っていた。

でも違う。違った。俺の勘違い。

俺の机と椅子をどこかへやった主犯は、どこか狂いだしたクラスメイト。
奴がいじめ、俺はそれを耐え、何も反抗しないから。
だから周りのクラスメイトも、調子にのっていじめに参加しやがる。

どうすればいい?
どうすれば、こいつら全員に反抗できる?
 
そんなことばかり思うようになった。


"何かを言いたいとき、遠くに向かって叫べばいいんです"

彼女はそう言っていた。
だけど遠くってどこへ?
俺にとって、ここの空気は重たく、別世界にいるように、クラスメイトとは距離感がある。

まさしく、俺にとっての遠くは、ここ。
それから、もう1つ。

少し前までの、平凡な自分の私生活。


 「お前邪魔なんだよ!」

ドンッと、後ろから突き飛ばされて、よろめいた。

「つーかお前見てるとストレス溜まるっての!」

前にいた男子に、今度は前から突き飛ばされた。

俺は床に尻餅をつく。
爆発しそうになる感情を堪えながら、必死で歯を食いしばった。

今すぐにでも、言い返して、やり返して、反抗してやる。
絶対に絶対に、反抗してやる。

心の底から、全てを吐き散らしたい衝動に駆られる。
でもそれは実行できない。

あの日、命を狙われてから、臆病になった俺は、カッコ悪くてもこの状況から抜け出せない。

「ほ~らよっ」

黒板消しが、頭に打つかって床に落ちた。
煙たい空気を我慢して、うつむいたまま、俺は黙りこむ。

「もういっちょ~!」

ぼん、と音を立てて背中に当たった黒板消し。
腹が立つ。調子に乗るな。
怒りが心を支配して、恨みに変わりそうになった時、彼女の言った言葉がよみがえった。

"貴方が変えようとすれば、変えることはいくらだってできるんです"

ジュースを飲みながら、彼女の言葉を聞いていた昨日の自分。
心にまっすぐに届いた彼女の言葉。
その時は、何を偉そうに、と、少しイライラとした。
だけど今になって、その意味を理解した。

俺が勇気を持って行動すれば、この状況は変えられる。

「……ゃめろ…」

声が震えた。

「あぁ?なんか言ったか、腰抜け野郎」

俺は、抜け出したい。
この状況を、変えたい。

俺は、立ち上がって、男子2人を睨みつけてやった。
そして、思い切り堂々として、教卓の前に立った。

クラスメイト全員が、こちらに注目する。

粉まみれになった、服と髪。
突き飛ばされて、できた傷。

心の、痛み。

全部今までの事をひっくるめて、俺は、言いたいことを言う事にした。
遠くに叫ぶような気持ちで。
遠くにいる、クラスメイトに叫ぶ気持ちで……奴に叫ぶ気持ちで。

「何だよ、何言う気だ?」

「うるせぇ黙れ」

低く、声を振動させた。
俺は、叫んだ。

「俺はあんたらと同じ人間だっ!こんなつまんねえ真似すんじゃねぇ!!やるなら堂々と来い!!!」

一瞬静まり返って、クラス全体の空気が止まった。
しかし、奴が笑いこけた事で、また空気は動き出した。

「はははっ!バーカ!何宣言してるわけ?つーか、人間だからって何?一緒にしないでくれる?お前と俺じゃあ価値観違いすぎんだよ!はははははっ!!」

握り締めた掌に、爪が刺さる。
痛みを感じながら、奴の物分りの悪さに、イラつきを感じた。

「はぁ……。いーよ」

奴は、笑い疲れたように溜息をつくと、急に無表情になってそう言った。

「もういじめない。でも、堂々と勝負して、お前が勝ったら、の話だけどね」

少し唇の端を上げて笑みを浮かべる奴の顔は、何かを楽しむような表情をしていた。

「上等」

不気味な奴の笑みに、俺は静かにそういった。


俺が初めて反抗したこの日。
奴の笑みの理由を知り、奴の強さを思い知らされることになる。

しかし俺は、そんな事、気にもせず、腕には自信のあるケンカを、半ば楽しみにしていた。
そう、軽い気持ちで、久しぶりに腕をならせる、と。

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